理容室でクルクル回っている赤、青、白の長細いサンポールを見たことある方も多いと思います。
『あの色は一体なぜ赤、青、白の3色なの?』
『サインポールにはどんな意味があるのか?それも特に意味はない?』
結構気に疑問に思っている方も多いですよね!
この記事では、サインポールの由来を調べてみました!
サインポールは何のためにあるの?
まずサインポールが何のためにあるのかといえば看板のようなものですね。
サインポールがあればここに理容室がありますよーという目印です。実はこのサインポールは世界共通のマークの言われていて、日本特有のものではありません。
そもそもこれは日本で作られたものでは、なくヨーロッパで作られたものなのですね。それが日本に持ち込まれた感じです。
町中で見るとすぐに理容室があるとわかるので、「サインポール=理容室」というイメージはかなり根付いてるんじゃないでしょうか。
サインポールの三色の意味、「赤」「青」「白」の由来は?
まずサインポールの由来には色々な説があり、明文化された記録というのが存在しないんですね。
なので『絶対に正しい!』というものではありません。今回はいくつかある説の中で有力な説を取り上げていきたいと思います。
1番有力なのは『赤い棒と包帯』の説です。
赤い棒と包帯説『昔は床屋=外科医』だった?
中世ヨーロッパではキリスト教修道院は病院も兼ねており、院内の農場では薬草も栽培されていました。中世での医療は僧侶の仕事だったんですね。
そして1092年、ローマ法王が「僧侶はヒゲを剃らなくてはいけない」という法令を出したことにより僧侶はお互いのヒゲを剃ったり、床屋を雇ってヒゲを剃らせるようになりました。
この辺りから修道院と床屋の関係がだんだんと深くなります。
日常的にカミソリなどの鋭い刃物を使用して髭そりなどをする理髪師は、刃物の扱いに慣れていました。そこで、いつも僧侶が修道院で行っている外科手術を床屋に手伝ってもらうようになります。
しかし、1163年ローマ法王が「教会は流血を忌む」という法令を出し修道院での外科手術を禁じたんですね。でも、外科手術が必要な人は多くいるので手術を誰かが担当しないといけないということになりました。
そこで修道院の僧侶がしていた外科手術を、代わりに床屋がするようになる。そして、内科は僧侶・外科は床屋と分けられ、理髪師は外科医を兼ねるようになってといわれているんです。
床屋外科医(Barber-surgeon)の仕事
床屋外科医の仕事は、脱臼や骨折、ケガ、やけど、デキモノの切開、手脚の切断、抜歯などがありました。
その中でも特に重要な治療は瀉血(しゃけつ)。
当時「身体の悪い部分には悪い血が集まる」と考えられていたんですね。
で、瀉血とは何をするかというと、わざと出血させ、血を抜いて症状をよくしようという治療法なんです。
瀉血療法は、
- 患者に棒を握らせて腕を固定し
- その棒を伝って落ちる血を金属の皿に受ける
というものでした。
そして瀉血する時に使う棒は、血がダラダラ流れるのを目立たなくさせるために赤く塗られました。
棒が赤く塗られているのがポイントですー
治療が終わると止血に使用した包帯とその棒を洗って乾かしました。その当時包帯はとても貴重なものだったからです。
今では包帯を使い捨てることもありますが、当時は使い捨てではなく、何度も洗っては乾かして使っていたんですね。
そして使っていた赤い棒と包帯を店の前で干していた。
その時に風が吹いて、棒に白い包帯がらせん状に絡み付いたらしいです。
つまり「赤い棒に包帯が絡みついた状態」が今の床屋のサインポールのデザインの原型だと言われています。
ん?じゃあサインポールの青は?
青も含まれるようになったのはその後の話です。
これは床屋外科医と外科医が分離したことがきっかけ。
1745年、ジョージ2世は「理容と外科を分離させる」という法令を出しました。
その時に床屋は「赤と青と白」の看板、外科病院は「赤と白」の看板を掲げるように決められたんですね。
そのため理容店の看板は今日の赤、白、青の三色となったのです。これがサインポールの最も有力な説と言われています。
その他のサインポールの由来有力説
では、その他にはどんなサインポールの由来があるか見てみましょう。
その1:赤は動脈、青は静脈、白は包帯説
これはなかなか有名な説ですが実際のところはどうなんでしょうか?
イギリスの医師ウイリアム・ハーベーが「血液は心臓から出て動脈を経由して、身体の各部を通り、静脈を経由して心臓へ戻る」という血液循環説を発表したのは1628年。
これが動脈と静脈の発見ですね。
サインポールが最初に作られたとされるのは12世紀。その時代に血管を赤(動脈)と青(静脈)で分けるという発想は時代背景から考えられないという意見があります。
確かに時代と医学の発達から考えると矛盾している感じはしますね。
なのでサインポールの赤は動脈、青は静脈、白は包帯説は信憑性に欠ける気がしますね。
それぞれの時代背景が違うので後付けかもしれないです。
その2:フランス国旗説
ナポレオン率いるフランス軍が敗北をしたワーテルローの戦い(1815年)で、野戦病院の入口にフランス国旗を旗棒に巻き付けたものが由来という説もあります。
たしかにフランス国旗とサインポールは同じ色ですねー
サインポールを初めて看板にしたのはメヤーナキール
赤、青、白の三色のサインポールは1540年頃、パリの外科医師メヤーナキールが医院の看板に初めて使用しました。
メヤーナキールは床屋外科医の流れを汲んでいるのですが、もともと理容師だけをやっていたわけではなく、医師から理容師になった人物です。
日本で最初にサインポールを看板として使いだしたのは、は東京の常磐橋近くにあった「西洋風髪剪所(せいようかみはさみしょ)」という理容店で、明治4年に3色のサインポールを初めて用いました。
世界では2色と3色がある
3色のサインポールは、メヤーナキールの影響を受けた床屋外科医の間で広まっていきました。赤白青の3色のサインポールは、散髪屋を示す看板として今でも世界各国で多く使われています。
しかしイギリスなど一部の国ではサインポールは2色のところもあるんです。これも所説あって、フランス国旗と同じ色にするのに抵抗し、イギリスが2色のままにいたなんて言われています。
実際のところはわかりませんが、サインポールの歴史は面白いですね!
サインポールの呼び名
実はサインポールにはいくつかの呼び名があります。
時代や国によって別の名前がついているので紹介していきましょう。
有平棒(あるへいぼう)
有平糖というポルトガルから伝わったお菓子があります。これに似た目が似ていたことから有平棒と呼ばれることもありました。
三色ねじり棒
見た目をそのまま名前にしたものです。現在では、この呼び名で呼ばれることはほとんどなくなりました。
バーバーポール
英語圏ではサインポールではなく、バーバーポールと呼ばれます。
バーバーとはひげという意味を持つバルバというラテン語から来ています。現在では、髪の毛を切ることをメインとしていますが、もともとはひげを剃ったりするのがメインだったことがわかりますね。
まとめ
サインポールの由来について書いてきました。
もともと理容師が外科手術をしていたというのを知らなかった方も多いんじゃないでしょうか。
その後「医師」と「理容師」として完全に分けられ理容師はカット、顔そりなどで容姿を整えるという専門業種として現在に至ります。
サインポールの由来については諸説ありますが、瀉血説が最も有力だと言われています。